「それじゃ、菜乃(なの)さん、お店のことよろしく。
 閉店時間前には帰れると思うけども、何かあったら携帯に連絡して」
「はい、お気をつけて、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」

先山(さきやま)さんはそう言って目尻を緩めて微笑んだ後、
お店の前に止めてあるワゴン車に乗りこんだ。
車が通りの先に走っていくのを見届けた後、ふっと一息ついてお店の建物を見上げる。
木やレンガの使われたお洒落な外観。
飾り窓の中には精巧にできたドールハウスが飾られている。

お店の名前は 『いちい屋』。ドールハウス専門店で扱っている商品は
店長の先山さんが作ったこのお店のオリジナルブランド商品のドールハウスや
ドールハウス用の家具などの小物をメインに、自作する人向けの素材や工具など幅広い。
私は半年くらい前からここでアルバイトをしていて
主に学校が休みの日に来て、
接客や時々開かれるドールハウス工作教室のアシスタントなどをしているの。
今日はご覧のように先山さんが商品の配達で出掛けてしまったので、お店には私ひとり。
ということは…
今日みたいに先山さんが配達や用事で外に出ていて私一人で店番をすることは時々ある。
そういう時、必ず現れる人物がいる。人物、といっていいのかはわからないけど。
今日もそのうち現れるのかな…?



お店の中に入って時計を見ると開店時間まではまだ少し時間がある。
開店前のお掃除をはじめないとね。
内容はディスプレーされているドールハウスの埃をはらったり床に掃除機をかけたり。
普段は先山さんと行うのだけど、店内はあまり広くはないし先山さんが常に綺麗にしているので
二人だとすぐに終わってしまいお掃除というより朝のお喋りの時間という感じになっている。
私はこの時間が結構好き。
先山さんはドールハウス以外にも色々と詳しくて話していて楽しいし、
私の話も興味を持って聞いてくれる。常に紳士的で正にナイスミドルなおじさまって感じ。
若い頃はかなりモテたんだろうなって思う。現に明らかに年下の凄く美人の奥さんがいるし。
でもその奥さんとこちらも凄く可愛い高校生の娘さん二人とは今は一緒には住んでないらしい。
二人とも何度かお店に来たこともあるし関係は良いみたいなので何故?と思うけど
そういうちょっとミステリアスな一面も先山さんの魅力かも…



おっと、お掃除お掃除っと。
掃除機をかけ終えたからあとは… あ、お花の水。
お店の真ん中に置かれた丸テーブルの上にある水差しに活けてある切り花の水を変える。
ガラスの水差しごとお店の奥にある水道まで持って行って水を入れ替え
元の位置に戻してからお花をちょっと整えて完了。

丸テーブルの上には水差しと並んでドールハウスが置かれている。
お店の中に並ぶ他のドールハウスと比べるとちょっと小さなこのドールハウス
えっへん!私が作ったのです!
作ったといっても一から作ったわけじゃなくて大掛かりなリフォームというのが正しいかも。
元は先山さんが何処かで手に入れたクラシックなドールハウスで、手に入れた時から家具は無く
スケールが半端なので店の奥にしまわれていたものを工作の練習にと私に譲ってくれたの。
このお店で扱っているドールハウスは1/24スケールをメインにそれより大きな1/12の製品もある。
でもこの私のドールハウスはサイズが1/32くらい。
他のサイズの家具が使えないから先山さんに教わりながら家具は全部一から制作して、
ドールハウス自体も古くて痛んでいたので床や屋根を張り替えたり、
階段や窓を作り替えたりしてようやく少し前に完成。
先山さんに手伝ってもらったり、一部…というより結構な部分を作ってもらったんだけどね。
でもそのせいで完成度は高く、今こうしてお店の中のよく目立つ場所に飾られている。

腰をかがめてドールハウスの中を覗き込む。
家の片側の壁一面が扉のように左右に観音開きになっているので中の様子はよく見える。
屋根裏部屋を入れた三階建てで部屋の数もあまり多くは無いので
『ごく普通のちょっとクラシックでお洒落なイギリス辺りのおうち』
…という私が決めたコンセプトで家具や内装も作ってある。
自分で作ったからかな、こうやってずっと見ていても飽きない。
作っている時から見続けているのにね。

更にこのドールハウスにはとっておきの仕掛けがある。
ドールハウスの前に置かれている小さめのタブレット端末。
起動させると画面には古い扉のグラフィックが表示され、
それに触れると題名は忘れてしまったけどクラシックの有名なメロディーが流れだし
ドールハウスの中の照明が部屋ごとに灯っていく。
このドールハウス、全ての部屋、廊下、階段などにLEDの照明が仕込まれていて
タブレットのアプリと連動して点灯するのです!
これも、全部先山さんが作ったんだけどね…



「菜乃〜 そろそろ開店時間なんじゃないの?」

突然発せられたその声にお店の中の時計を見るとちょうど10時30分。
慌てて入り口のガラス戸に下がる札をCloseからOpenにした。
あぶなかった…
ふうっと息を吐いてから丸テーブルの前まで戻る。

テーブルの上、ドールハウスの横には先程の声の主、人形のように小さな少年が立っていた。
私と目が合うと「菜乃って本当にうっかりだよな〜」といいながら
手を挙げ、ニカっと笑みを浮かべる。
すっかり忘れてたけど…そう、私がこのお店で一人きりになると決まって現れるのがコイツ。
名前はケイ。このお店に住み着いている自称ドールハウスの妖精。

「教えてくれてありがとう。開店時間過ぎちゃうところだったよ…」
「感謝しろよな!」

そう言って偉そうに胸を張るケイ。
身長は15センチくらいで、1/12スケールのドールハウスにちょうどいい大きさ。
ほっそりとした体格で長髪まではいかない少し長めの黒髪で
顔は男性的とも女性的ともつかぬ中性的な美形…なんだけど
態度も子供っぽいし私の前ではさっきみたいにニカっと笑ったりオドケたりで
あんまりイケメンという感じがしない。
自称妖精だけど背中に羽根も無ければ
着ているものも白いシャツにちょっと丈の短いカーキ色のズボンと割と普通で神秘性も無い。
落ち着きのない小さな生き物…いわば小動物のようなもの…??

「お〜い菜乃、今なんか変なこと考えてないか?俺のことを考えていただろ…」

当たり。だけど、妖精とはいえケイに人の心を読めるような能力は無い…たぶん。

「ううん、別に。そういえばケイと会うの久しぶりだね」
「そうだな、菜乃のドールハウス完成したみたいだな」
そう言ってケイは私のドールハウスを覗きこむ。
「良くできてるでしょ?」
「まあな、ほとんどあのおっさんが作ったんだろ?」
「そんなことないよ、私も結構頑張ったんだよ」
「どうだかなー」

こちらを見てニカっと笑った顔がすぐに不満げに変わる。

「でもさ…なんでこのサイズなんだよ?」

ドールハウスの前に立っているケイは普通の人間を小さくしたとしたら1/12スケールくらい、
そして私のドールハウスは1/32くらい。だからその大きさは不釣り合い。
ドールハウスを基準にしたらケイは頭が二階に届く巨人みたい…

「元々のサイズがこれなんだからしょうがないじゃない」
「これ、菜乃のだからそのうち家に持って帰って自分の部屋に飾るんだろ?」
「うん、暫く展示したら持っていっていいよって先山さんに言われているの」
先山さんが大部分を作ってるから申し訳ない気もするけど、せっかくだから…ね。

「このサイズじゃその時に俺、住めないじゃん」

コイツ…人の部屋に住むつもり…?

「女の子の部屋に住むとかありえないんですけどー」
「いいじゃん俺妖精なんだし」

そう言った後、姿がぱっと消えた…
と思った次の瞬間にはケイは私の肩の上に座っていた。
ケイはよくこうやって私の肩や頭の上にのったりする。
肩の上なんてもうこちらの鼻先が触れそうなくらいの距離。
私の顔がどう見えているかあまり想像したくないけど
ケイは私にとっては小動物みたいなものだからあまり気にしないようにしている。

「菜乃のこと好きなんだしさ〜…な?」

小動物が何か言ってるし…
小指でケイの頭をつんと押す。

「なにすんだよ〜!?」
「こんなに小さい男の子に好きって言われてもねー」
「俺は本気なんだけどー」

こんな感じでケイは私のことが好きみたい。
私だってケイのことは、まあ…好きだけど
そのサイズも相まってカワイイから好きというのが表現としては正しいのかな。

「聞いてるのかよー人の話〜」

ん… なんだか鼻がムズムズする…
「ん?菜乃、どうしたんだ?」
あ… くしゃみ出ちゃう…

「んっ くしゅんっ」


咄嗟に口元をおさえた拳を離して肩にのるケイを見ると

「うおっ、危ないな〜」

びっくり…というような大袈裟なポーズをしたまま固まっていた。
「ご、ごめんね…?唾とんじゃった?」
「それは大丈夫だけど、吹き飛ばされるかと思ったぜ」
そう言ってニカっと笑うケイ。
くしゃみをこんな間近で見られるなんてちょっと恥ずかしいかも…




カランカラン…

お店の入り口のドアについているドアベルが鳴り今日初めてのお客さんがお店に入ってきた。
「いらっしゃいませっ」
そう口に出した後、ちらりと肩を見るとケイの姿は既に無かった。


ケイが姿を見せるのは私がお店で一人でいる時だけ。
先山さんの前に姿を現したことも無いらしい。
先山さんが始めたこのお店にケイが住み着いたのは私が働き出すずっと前だったみたいなのに。
ケイに言わせると「あのおっさんは俺が姿を見せなくても俺の存在に気づいてるんだよ」とのこと。
「気づいているけど特別気にかけることもないから、
 俺はあのおっさんとこの店が気に入ってるんだ」とも言っていた。
本来の妖精と人間の関係はそういうものらしい。
それじゃあ私との関係はどうなるのかと訊いたら
「菜乃は鈍感だからこうやってはっきり現れてやらなきゃ俺に気づかなかっただろ?」と言われた。
ま、確かに私は鈍感なのかも…
初めて見た時は驚いたけど、その後はすんなりとケイのこと受け入れてしまったんだから。


今日最初のお客さんは高校生くらいのカップル。
楽しそうに店内を見て回る女の子を追うように動く男の子。会話も男の子のほうはぎこちない。
年齢にすると私の少し下くらいなんだろうけどなんだか凄く初々しく感じて微笑ましい。
デート中にお店の飾り窓の中のディスプレーを見て興味を持って店内に入って来たみたい。
ドールハウス専門店なのでお店に来るお客さんもドールハウスが趣味の人たちが多いんだけど
一番多いのはこの二人みたいにお店のある通りを歩いていて
お店の中が気になって入ってくるお客さん。
ドールハウスって年齢性別を問わず人を惹きつけるものみたい。



カランカラン

二人がお店から出ていくとさっそくケイが現れる。先ほどと同じく私の肩の上に。
「あの二人何も買わなかったな」
姿を隠しても店の様子は見ているらしい。
「でも楽しそうだったじゃない。先山さんよく言ってるよ、
 お客さんにはまずお店を気に入ってもらうことが大切なんだって」
先山さんの言葉の意味は最初は何も買わなくても
お気に入りのお店になれば二度三度と足を運んでもらえる、ということなんだと思う。
実際にこのお店はドールハウス趣味の常連のお客さんも結構多いし。

「ま、俺もこの店が気に入ってっから、長年ただで住み着かせてもらってるんだけどな!」

そんな誇るように言われても…
「それならケイも少しはお店に貢献したら?」
「俺に何が出来るんだ?」
そうはっきり言われても…
ケイに出来そうなこと…?
お店に置かれている中で一番大きなドールハウスに目が止まる。
お店で売っているオリジナルブランドのドールハウスや家具などの小物は
1/24スケールが多いんだけどそのドールハウスのスケールは1/12。
ディスプレー目的で先山さんが作った特別な一品。

「あの中でディスプレーの一部になるのは?動くディスプレーなんてお客さん喜ぶと思うよ?
 サイズ的にケイにぴったりなんだし。」
「おいおい、妖精ってのは無闇に人前に姿を現すもんじゃないだろ?」

そう言いながらも肩の上からぱっと消えてそのドールハウスの中に一瞬で移動するケイ。
近づいてケイの居る部屋を覗きこむと
私を見上げた後、胸の前で右手を動かしてオーバーな動きでお辞儀をする。
顔をあげていつものようにニカっと笑うかと思ったらその顔には
にっこと上品な頬笑みがあった。
執事…?ううん女の人をダンスに誘う王子様みたい。
思わず拍手。

「すごいっケイっ王子様みたいっ!ディスプレーやるべきだよ!!」
私がそう言うとケイの頬笑みがいつものニカっとした笑みに変わる。

「だから妖精が無闇に人前に姿を現すもんじゃないっていってるだろ」
「VRなんとかって機械ヨ○バシカメラの店頭で観たことあるけど、
 頭に眼鏡みたいの付けなくてもアニメかなにかのキャラクターが机の上にいるように見えるの。
 今はそういう機械もあるんだから誰も本物の妖精だとは思わないんじゃないかな?」

「こんな恥ずかしい真似をするのは菜乃の前だけで十分だって」

そう言って部屋にあるソファーにどかっと腰を降ろしだらしのない姿勢をするケイ。
素敵なイメージがもう台無しなんですけど…
「それよりさー菜乃もこんくらいのサイズのドールハウス作ればよかったんだよ」
「こんな大きいの私の部屋にはおけないよ…」
自分とほぼ同じスケールで居心地がいいのかケイはよくこうやって
このドールハウスの中で過ごしている。
だらしない姿勢でくつろいでいるケイを眺めながら思わず言葉が漏れた。

「いいなぁ…私も小さくなって自分のドールハウスに入ってみたい」

ドールハウスを作っている時からずっと思ってるの。
あのドールハウスは内装や家具、インテリアは私の好みで作られていて
つまり理想のおうちってこと。
中に入って見てみたいって思うのは当然だよね。

独り言のように口から出ただけでケイに対して言ったわけじゃないんだけど
私の言葉を聞いたケイは

「そうだな…」

そう言って何かを考えてるようなちょっと真剣な表情になった。
そして思い立ったようにぴょんと跳ねるように立ち上がる。

「まあ自分のドールハウスもあるわけだし、菜乃だし、渡してもいいか」

「なんのこと?」
「ちょっと待ってな」
ケイの姿がぱっと消えた。
こういう時次に現れるのは私の肩の上のことが多いんだけど…
肩の上にはいない…?



「ここだよ」

声のする方を見ると目の前にケイがいた。
「え…!?」
なんか変。
ケイが大きい…? 私と同じくらいに…
普通の人と同じくらいの大きさになってる…!!
まさかと思って周囲を見る。
突然自分がケイと同じサイズに小さくなってしまったんじゃないかと思ったから。
でも周りは今までとまったく変わらないお店の中。つまりケイが大きくなったってこと。

ケイって私より背が高かったの…?
目の前に居るのは間違いなくケイなんだけど
大きさが違うだけで印象がこんなに変わるなんて。
私よりずっと子供っぽいと思っていたのになんだか大人っぽくて
結構格好いいじゃん…

「お…大きくなれるなんて聞いてないよ…」

「俺はドールハウスの神だぜ?出来ないことなんかないんだよ」
妖精がいつ神に昇格したの??
ニカっと笑う顔もいつも通りのはずなのに
全然印象が違うんですけど…


ケイが一歩踏み出して私のすぐ目の前に立つ。
自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
ケイなのにちょっと、ドキドキしちゃうよ…

「菜乃にこれをやるよ」

ケイは私の首にネックレスのようなものをかけた。
革ひものネックレス…?
何か小さなものが付いている。指で摘んでみるとそれは小さな金色の鍵だった。

「それがあれば入れるぜ」

「え?」
ケイの顔を見ると私から離れお店の真ん中にある
丸テーブルの前に立ち、ぽんっと私のドールハウスの屋根に手を置く。


「小さくなってこの中に。入ってみたいんだろ?」

「小さくなるって私が?小さくなっちゃうの…?」
「ああ。それはこのドールハウスの鍵。
 ちゃんとこの家に入れる身長まで小さくなるはずだ」

にわかには信じられないんですけど…。
でもケイは妖精…神だっけ?どっちでもいいけど、そういう不思議な存在だということは確か。
そんなケイが言っているんだから私も本当に小さくなれるのかな…?

「これ?」
ネックレスについている小さな金色の鍵を摘んでみる。

「ああ。それをドールハウスの入り口にかざしてみな」


入り口というのは玄関ってことだよね…
ドールハウスの玄関ドアは中を覗ける側の左右に開く壁に付いている。
今みたいに壁が開いた状態だと玄関ドアが無いようなものなので壁を閉めた。
壁は外側の外壁や窓もしっかりと作ってあるので開いていた壁が閉まると
本物の家のような構造になって玄関ドアは家のちょうど真ん中にある。

ケイに言われた通りドールハウスの前で腰を屈めて玄関のドアの前に鍵を近づけると
「んんっ…?」
思わず瞬きをして目を擦ってしまった。
玄関ドアの前にぼわっと半透明のドアが見えたから。

「それがドールハウスへの入り口。鍵穴があるだろ?」

確かにそのドアには鍵穴があった。
ドアの大きさに対して不釣り合いなほど大きくちょうどこの鍵が入りそう。
ケイの方を見ると、ニカっと笑ったあと、こくっと頷く。
差し込めってこと?
ゆっくりと鍵を差し込んでみると半透明だけどちゃんと鍵穴に鍵が刺さった感触がある。
そのまま鍵を回すと

カチっ

「えっ!?」
思わず声が出た。
私は腰を屈めて鍵穴に鍵を差し込んだ姿勢のまま。手にはあの小さな鍵がある。
でも目の前には半透明のドアは消えていて、
ドールハウスもドールハウスが置かれたテーブルもなくて…


恐る恐る視線をあげると目の前には小窓のついた淡い緑色のドア。
これ、ドールハウスの玄関なんだけど…

普通に入れる大きさになってる…!

大きめの取っ手を引いてドアを開け、そのまま中に駆け込んだ。
吹き抜けの玄関ホールの真ん中で足を止める。
これ、夢…じゃないんだよね…?
ほころぶ頬に両手を当てる。
顔は笑ってるのに胸は凄くドキドキしてる。



ドールハウスの一階にはキッチンとダイニング、
二階に上がる階段のある吹き抜けの玄関ホールを挟んでリビングがある。
小走りで各部屋を見て回る。

自分で作ったドールハウスだからその構造は熟知しているし、作っている時も
完成したあとも色々な角度からこのドールハウスを見てきたけど
外から自分より小さなドールハウスを覗くのと、
こうやって自分がドールハウスと同じスケールになって中から見るのでは全然違った。
はっきり言ってしまうと今の方が凄くドールハウスっぽく見えてしまって
本物の家のようには全然見えないの。なんというか全てが大雑把。

床の木目や壁紙の柄は大きすぎるし、家具もテーブルや椅子の足が太くて何だか不格好。
でもそれは当り前だよね。
ドールハウスや中に置く家具を作るのは本当に細かい作業だったから。
指先やピンセットを使って組み立てたんだもの。

まるで本物のおうちみたい…!とはならなくてもがっかりすることは無かった。
だって室内を外から覗きこむだけじゃ絶対見れないような角度から見ることができるし
細かい部分だって凄くよく見えるから。
自分で作ったものをこんな風に見ることができるなんて…なんて素晴らしいんだろう。


吹き抜けの玄関ホールから二階へ向け伸びる階段の前に立つ。
この階段はたぶんこのドールハウスの中で私が一番こだわったところ。
元になったドールハウスにも階段はあったけど
かなり痛んでいたので取り外して新しく作り替えた。

手すりに触れながら一歩一歩階段を上る。段差もちょうど本物の階段と同じくらいで良い感じ。
途中階段の方向が変わる踊り場で立ち止まる。ここもこだわったところ。
最初あった階段は直線的で踊り場は無かったんだけど
作り替える時に階段の配置を変えてこの踊り場があるかたちにしたの。
デザインから設計、制作までほぼ全て私がしたこの階段、出来は自分でも大満足。
先山さんにも「菜乃さんは階段職人だね」とお墨付きをもらった。

私が階段にこんなにこだわった理由は子供の頃に遊んだドールハウスにある。
それは人形遊びに使うおもちゃのドールハウスで二階建てで部屋は四部屋くらい。
家具やキッチン用品、小物も色々あって、それをドールハウスの部屋の中に並べながら
もし自分がこの家に住んだらって空想を巡らせていた。
でもね、遊びながらいつも残念に思っていたことがあって、
それは二階建てなのに二階に上る階段がないこと。
これじゃもし身体がドールハウスに入れるほど小さくなっても
二階に行くことができないじゃないって。
これはやっぱりただのおもちゃで住むことはできないんだって思ったの。

踊り場から二階に向けて階段を上る。
あの頃の幼い私に教えてあげたいな。
今の私のドールハウスにはちゃんと階段があるよ!って、
しかもその階段をこうやって上ってるの!ってね。



階段を上りきって二階の廊下へ。
吹き抜けの二階部分に沿うような構造の廊下を歩いて寝室に入る。

部屋に置かれた大きなベッド。
作っている時はふっかふかで飛び込んでみたいって思ったけど
こうして見るとベッドカバーの模様がやけに大きいしカバーの布地も分厚くて
飛び込んだら固くて痛そう…
そんなベッドを見ていて以前先山さんが言っていたことを思い出した。
「ドールハウスは実際に小人が使うわけじゃないからね」
私が細かい作業に苦戦している時にそう言って教えてくれた。
ドールハウスは覗きこんだ時に良い感じに見えればいい、
全てを忠実にスケール通り縮小するのは無理だからデフォルメが大切なんだって。

このベッドも普通に見たらふっかふかで寝心地が良さそうに見えるのだから問題ないってこと。
そうは言っても先山さんが作った家具や内装は細かく繊細に作られていて
私が手掛けた部分との差は細部まで見える今の方がよくわかる。正に雲泥の差。
専門の職人さんと始めたばかりの私じゃ差があるのも仕方ないけど。

でも…
今なら私でもいくらでも細かい作業ができるはずだよね?
凄く精巧なドールハウスや小物が作れるかも!
ん…?それって本物を作ることと同じ…?



「菜乃〜」


外から大きく響く様に聞こえるケイの声。

「へっ…? きゃぁっ!!」

窓の外を見た私は悲鳴をあげてその場に尻もちをついた。
覗きこむ大きな大きな瞳。それは琥珀色のケイの瞳。
ケイが顔を窓から少し離したので鼻や口元も見えるようになる。
なんて大きいの…?

「俺だよ、そんなに驚くなよなー」
「ご…ごめん…ちょっとびっくりしちゃった」

本当は ちょっと どころじゃないけど…
立ち上がり窓辺に近づく。
ケイが先ほどのまま人間サイズなら小さくなってしまった私から見て
凄く大きいのは当然なんだけど、それでも信じられないくらい…大きい。
その大きさはあまりにも現実感が無さ過ぎて、
この窓がテレビモニターでそこに映っている映像をみているように思えてしまう。

「どうだい?自分のドールハウスに入ってみた感想は」

声も映画館の音声のように大きくてドールハウス全体に響き渡る。

「う…うん、凄いよ。感動もの」
窓や壁を隔てているし小さな私の声、ケイに聞こえるかな?
「そいつはよかった」
聞こえたみたい。

今までドールハウスの中ばかり見ていたから気にしていなかったけど
ケイが大きいということはこのドールハウスの外のお店の中も、
その外も、全てが巨大になっているということなんだよね…





カランカラン

これは…
いつもと少し聞こえ方が違うけど明らかにドアベルの音。
ということは

「も…もしかしてお客さん来ちゃった?」
「みたいだな」

た、大変〜!!
「ケイっ私元に戻らなきゃ!」
焦る私に対してケイは窓越しにニカっと笑みを見せる。

「菜乃は暫くそこでくつろいでろって。今人間サイズだし
 接客くらい俺にもできるよ。いつも見てたしねー」

そう言った後、立ち上がってしまったので顔が見えなくなった。
ケイが接客…? 
だ…大丈夫なの?
部屋の窓からドールハウスの外を見る。
ケイが動いたので外の様子がよく見えるようになったけど、
ここ本当にお店の中…?
外には室内とは思えないくらい広い空間が広がっていて…

「えっ?」

私は思わず声をあげた。
あまりに大き過ぎて景色の一部だと思っていたものが動いたから。
それはお店に入って来たお客さんの姿だった。
お店の入り口の辺りに見えるのは眼鏡をかけたショートカットの子と
その子より少し背の高いポニーテールの子、
そしてここからだと顔はよく見えないけどもうひとり、
お店に入ってきたのは三人の女の子みたい。服装の感じから中学生くらい…?
それにしても本当に
「大っきい…」
今の5センチも無い私から見ればその身長はゆうに40メートルを超えているはずで
まるでビルのような建物みたいに高くて大きい。
先ほどケイと違って女の子たちまで少し距離が離れていて
その全身が見えるから余計に大きく感じるのかも…


そういえばケイはどうしているのかな?
今はそれが一番心配…。
私が今いる寝室の窓はあまり大きくないので外の様子が限られた方向しか見えない。
一階のリビングの窓は大きいからもう少し広い範囲が見えるかも…
リビングへ向かおうと寝室を出て階段を下りはじめた時

「えっ…?これは…」

その異変に私は思わず声をあげた。
ドールハウス全体が小刻みに揺れはじめる。
地震…じゃなくて…

ズン…ズン…ズン…

地響きのような音と揺れは連動している。
これはお店の中を歩く女の子たちが起こしている振動なの…?
確かにお店の床は板張りで歩くと場所によってはギシギシと軋むけどそれが
テーブルの足を伝って上に置かれたドールハウスをこんなに揺らしているなんて知らなかった。

女の子たちがドールハウスが置かれたテーブルのすぐそばに迫ってきたようで
揺れは更に激しくなる。
「わわっ…」
階段の途中で下りることも上ることもできなくなった私は手すりにしがみついた。
立っていられないほどじゃないけど、ちょっと怖い…
ううん…かなり怖い。
でもちょっと変。
先ほどケイが動いてもちっとも揺れなかったのになんで今はこんなに揺れているの?


激しい揺れが収まる。
女の子たちが歩くのをやめたの…?
今のうちに…
急いで階段を下りて一階のリビングに駆け込み、窓の外を見る。

窓からは三人のうちのひとりの腰の辺り、チェック柄のシャツとジーンズが見えるだけ。
距離が近すぎてここからはもう体の一部しか見えないけど
女の子が着ている服が放っている柔軟剤のようなにおいがドールハウスの中まで漂ってくる。
このにおい自体は普段でも近づけば感じるものなのかもしれない。
でも今はそれが巨大な体が周囲に発する圧力のように感じてしまう。

窓の外の大きな体はその場を動かない。
もしかして、このドールハウスを見てる…?
一瞬そう思ったけど女の子たちの興味はどうも別のものにあるみたい。

「やば、店員さんめちゃイケメンじゃん」
「テレビとか出てそう」
「前来た時はあんな男の人いなかったよ」

女の子たちはこのドールハウスを取り囲むようにしているようで
天井から声が聞こえてくる。ヒソヒソ声で喋っているみたいだけど
音量は大きくしかも加工された音声のように低くくぐもったように聞こえる。
小さくなると声の聞こえ方も変わっちゃうのかな?
ケイの声は普通に聞こえたんだけど…


「ゆあ、あのこと訊いてみなよ店員さんに」
「え…?恥ずかしいよ…」
「じゃあ、あたし訊いてあげようか?」
「ちょ、ちょっとらんちゃん」
「あの、すみませ〜ん」

女の子の一人がケイに声をかけたみたい。ケイはどうするんだろう?
様子が気になるけどここからじゃ見えないし…


「はい、なんでしょうか?」

え…?
ケイの声のトーンがなんか違う。
これは聞こえ方のせいじゃない。しゃべり方も違うし。

「あの、ちょっと訊きたいことがあるんです」
「はい、なんでも質問してくださいね」

そう言い終えてからニカっじゃなくてにこっと微笑むケイの顔が頭に浮かんだ。
見えないけどその口調から実際に微笑んでいそう…絶対に。
なんだか私と接する時と態度が全然違うんですけど…
でもちょっと安心した。お客さんに私と接する時と同じような態度をされても困るし。

「あの、この子前にもこのお店に来たことがあるんですけど、
 お店の中で小人を見たって言うんです」
それってもしかしてケイのことなんじゃ…
「このお店に小人が住んでたりしますか?
 あたしたち学校でそういう不思議なものを調べるクラブ活動をしてるんです」

「小人かぁ…僕は見たことないですね」
一人称まで変わってるし…それにしても最近の中学生って結構行動的なんだね。

「でも、もしかしたらこれを見たのかもしれませんね」


その言葉のあと一瞬窓からケイの手が見えたかと思うと

ギギギィィ…

へ…?
突然部屋の壁が音を立てて動き出す。
私がドールハウスに入る時に閉めた壁をケイは開けようとしている。
こんなことして女の子たちがここをのぞき込んできたら、私の姿は丸見え。
やっぱりこんな姿人に見られちゃ…駄目だよね?
うん小さくなるなんて普通じゃないし、絶対駄目。
慌てて外からは死角になるドアの陰に隠れる。
その直後、観音開きになっている玄関のある側の壁が左右に完全に開いた。

「え…っ?」

聞き覚えのあるメロディーが流れ始める。
そしてドールハウスの部屋に順々にLEDの照明が点いていく。
やがて私の居る部屋にも眩いほどの明かりが灯った。
ケイがタブレットを操作したの…?
なにしてるの…ケイは…
隠れたドア越しにもこのドールハウスに注目が集まっていることが伝わってくる気がして
開け放たれた壁の方を窺う気にもなれない。


メロディーは数十秒程度で終わり
それにあわせて照明も消えたものの暫くここで隠れていたほうが良さそう…

ズシンっ! ズシンっ!!
「きゃっ!?」

突然ドールハウスが二度の衝撃音と共にミシミシと揺れた。
思わず悲鳴を上げちゃったけど、これはいったいなに?

「おかしいな?」

ケイの声が聞こえた後、再びドールハウスにズシンズシンと二度の衝撃音が響きわたる。
どうやらケイがドールハウスの屋根を叩いているみたい。
軽くトントンと叩いているつもりなんだろうけど、なんなのよ〜!?

「このドールハウスは最新のVアルなんとかって装置で
 中に立体映像をうつすことができるんですが…映らないな〜どうしたんだろう?」

えっ!?まさか私に出ろっていうの!?

ドアの陰から顔を出すと壁のない面を埋めるようにケイの顔があった。
その顔の前で人差し指をおいでおいでをするようにくいくいっと動かす。
その動きに釣られた私がドアの陰から出た途端、ケイが顔がすっとドールハウスから離れた。

「映りましたよ、中を覗いてみて」
なっ!?
再び流れ始めるメロディー

ズンっ! ズンっ!!

「わわっ…えっ!? えぇ!?」

私は女の子たちが動く振動でその場から動けなくなってしまった。
そして部屋の壁の無い面から三人の顔が見えてぐーとこちらに迫ってくる。

ケイ!!アイツなんてことをしてくれたのよ〜!!


それより… ど…どうしよう?みつかっちゃう…?
でも私小さいから見つからないかもしれないよね…?

「え?どこどこ?」

ほらね…?

あっ…
一縷の望みを絶つように部屋の照明がぱっと灯る。

「ほら、あそこ一階」

眼鏡をかけた子の私の今の身長よりも長そうな人差し指が真っ直ぐこちらを差した。
三人の視線が自分に集まるのがわかった。
これは…完全に見つかってしまった…
う…動かなきゃ…
こうなってしまったら動かないほうが変に思われちゃう。

でもどうやって?先ほどのケイみたいな感じ…なんて私には出来ないよ…
でも、何かしないと。
新しい服を買った時とか自分の部屋の姿見の前でポーズをとったりしてるあんな感じ、
あんな感じなら…





意を決してつま先立ちになってその場で身体をくるりと一回転させる。
ふわりとスカートが綺麗に浮き上がった。

このお店でアルバイトする時はいつも、
学校には着て行かないようなガーリー以上ロリィタ未満の服を選んでる。
今日はえんじ色のフリル付きのジャンパースカートに、
アイボリーのブラウスに赤いリボンというコーデ。
ロリィタ未満だからお人形さんっぽくはないけど
普段着よりは映像っぽく見えるかも…?

うん、私の姿は映像だと思われるんだから…ねっ。

流れるメロディーに合わせて歩き出す。部屋を出て廊下へ。
なるべく存在を意識しないように女の子たちの方を見ないようにしているけど
ドールハウスはどの部屋も壁の一面が取り払われているので
間近にある相手の顔はどうしても視界には入ってしまうし、
なま暖かい息やお口のにおいも流れ込んでくる。
それに私が見ていなくても巨大な眼からこちらに向けられる強烈な視線は痛いほど感じる。
よく刺すような視線というけれどこれはそんなものじゃなくて、
レーザービームで撃たれ続けているようなもの…。

そんな視線を受けながら階段を駆け上がり、踊り場でくるりと一回転のステップ。
こうしているとドールハウスがミュージカルの大掛かりな舞台装置のようにも思えてきちゃう。
こうなったらミュージカルのヒロインになったつもりで思いっきり可愛らしく動いてしまおう。
どうせ私はただの映像なんだし。

二階にあがって寝室に入る。
寝室の中にある丸テーブルの椅子に座って頬杖をついたポーズをとる。
この丸テーブルも椅子も私が作ったもの。
足の長さが揃ってないのか、どちらもちょっとぐらぐらする。
先山さんが作ったらこんなことはないんだろうけど。

もうすぐメロディーは終わる。
椅子から立ち上がり、最初と同じようにつま先立ちてその場でくるりと一回転のステップ。
ふわりと浮き上がったスカートが元に戻ってから
その裾を持って舞踏会でするようなお辞儀のポーズをする。
そしてメロディーが終わるタイミングで外からは死角になるドアの裏に隠れた。
メロディーと共に照明が消えて一瞬の静寂の後


「わ〜すごい〜」
「本当にいるみたいだね〜」
「スゴくかわいいっ」

女の子たちの歓声のような声がこだまする。
な…なんか照れちゃうよ…

でも、上手くできたかな?一応それっぽく動けたし、
私が本当は映像じゃなくて小さくなった人間だってこともバレてなさそうだし。


「ゆあが見た小人ってこんな感じ?」
「ちが〜う。あたしが見たのは男の子っぽくて、
 どちらかというと…あの店員さんに似てる…というか」
また女の子たちの大きなヒソヒソ声が天井から聞こえてくる。
「うそ〜?でも確かにただ者じゃないイケメンさだけどさ」
「だよね〜」
いいのか悪いのか女の子たちの興味は私からケイに移ったみたいだった。





女の子たちがお店を出たのでドールハウスの二階の寝室から出て階段を降りる。
あの後、ケイと女の子たちの会話は盛り上がったようで
最後は女の子たちにねだられ有名人のように一緒に記念撮影までしたみたい。
入り口まで見送りに出ていたケイが戻ってきてドールハウスの前に立つ。

「ケイ〜こっちだよ」
二階をのぞき込んだので手を振って呼びかけると
すぐ気づいて私の居る一階の壁の無い面に顔を寄せる。

「お疲れ〜」
「もうケイったらいきなりあんなことさせるんだもん、緊張したよ…」
「初めての割に上出来だったじゃん」
そう言ってニカっと笑うケイ。

「動き方だって慣れてるというか成りきってるというか、満更でもなさそうだったし、
 菜乃のほうが俺よりよっぽど妖精っぽいと思うぜ」
ドールハウスの中からは女の子たちの顔しか見えなかったけど
ケイもばっちり私の姿をみていたらしい。なんだか恥ずかしくなってきたので話題を変えよう。


「ケイはあの後、女の子たちと何を話してたの?」
「色々訊かれたけど適当に話しを合わせてた感じ」
「なんだかケイ女の子たちにモテモテだったね」
私でも同じ大きさになったケイを見た時、ドキっとしたんだから
中学生の女の子なら普通にときめいちゃうよね。
私の前と違って振る舞いもイケメンだったし。

「菜乃より可愛い子はいなかったから安心しろよ」

…何をどう安心しろと言っているんだろう?
「とーぜんでしょっ!て顔してるな」
「してないよっもうっ」


それにしても
「携帯で記念撮影なんてして大丈夫だったの?」

「大丈夫。俺写真には写らないから」

ケイのいたところだけぽっかり空いている写真を想像するとちょっとホラーなんだけど…
「それより俺の接客はどうだった?満更でもないだろ?」
「良かったと思うよ。あの子たちも喜んでいたみたいだし。
 ただ、ケイ私の前でいる時と別人みたいだったけど」

「ふ〜ん…じゃ、菜乃に対してもこんな感じで接してあげましょうか?」

女の子たちと接していた時の口調で話し最後ににこっと微笑むケイ。
な…なんか変。スゴく違和感があって調子狂っちゃう…

「…いいよ、いつものままでいいから…」
私がそういうとケイの微笑みがいつものニカっという笑みに戻った。



こうしてあらためてその顔を見ると、やっぱりケイは妖精なんだって思う。
視界を埋める大きな顔。
でもそれはまるで映画館のスクリーンに映っているようで生々しさがない。
喋ると降りかかる息もなま暖かさはあってもにおいはないし、
動いても振動でこのドールハウスが揺れることはない。
声だって女の子たちのように低くくぐもったように聞こえることはなくていつも通り。
考えてみれば不思議だけど全ては妖精だから、で説明がつくし。
身体のサイズがこんなにも違う相手とこうして普通に会話ができているのもケイだから…なのかも。




ポーン…

何処かで電子音が鳴るのが聞こえた。
「ん…?」
ケイも気づいたようで屈んでいた体を起こして音のした方に向かう。

「これ…忘れ物だよな?」
戻ってきたケイは手に持ったピンクのケースを付けたスマートフォンを見せる。
「うん、私のじゃないよ。たぶん、さっきの女の子たちのじゃないかな」
自分のスマートフォンが無いことに気づけば取りに来るだろうけど、どうしよう?

「まだそこらへんにいるだろ、届けてくる」

「へ…?」
突然何を言い出すのっ!?
お店の入り口に駆け足で向かうケイ。
「ちょっとケイ、待ってー!!」
小さいままお店で一人にされても困るよ。
ケイを止めようと壁の無い面からドールハウスを飛び出して

「待ちなさ〜いっ!!待ってってばっ!!」

声をあげながら走るもののここはドールハウスが置かれたテーブルの上。
ケイに追いつくわけもなく声も届かなかったようで


カランカラン…

入り口のドアがドアベルを鳴らしながら閉まった。
「行っちゃった…」
テーブルの端で足を止める。
私、ケイに元の大きさに戻る方法を聞いてないんだけど…
ケイ、すぐ戻ってくるよね…?



周囲の様子を見回す。
そういえば小さくなった後ドールハウスの外に出たのは初めて。
テーブルの端から下を覗けば
「わわっ…」
床までは目も眩むほどの高さで思わず後ずさり。
上を見上げれば天井は空のように高い位置にある。
見慣れているはずのあまり広くはない店内が室内とは思えないほど広大な空間になっていた。
ドールハウスの中は本物の家ではなくても一応は今の私のサイズにあった空間だったけど、
ここはもう見えるもの全て、商品が並ぶ飾り棚も、クラシックなデザインのレジも、
天井から吊されたお洒落な照明も、今私が立っている丸テーブルも本当に全てが巨大な世界。

私、本当に小さくなっちゃったんだよね…?

私自身の身体は小さくなったことによる変調はないし着ている服もそのまま。
だから私だけを残して周り全てが突然大きくなってしまったように思える。


ケイが戻ってくるまですることもないので
周りの景色を見ながらテーブルの上を歩く。
テーブルの直径は70センチ程度で上になにもなければ
私でも持ち上げて移動させられるくらいなんだけど、
今の小さくなった私にとってはかなりの広さ。ちょっとした広場くらい?
上に家が一軒建っているくらいだもんね。
テーブルの上にあるのはそのドールハウスとタブレット、そしてお花が活けてある水差し。
お花まで入れると水差しはドールハウスよりもずっと高くテーブルの上に聳え立っている。

私、開店前にあの水差しを持ち上げて水を入れ替えたんだけど…ちょっと信じられない。
側に近づくと淡い水色の分厚いガラス越しに木の幹のように太い緑色の茎がよく見える。
その表面には無数の気泡がついていてそれが時々茎から離れ水面へと上がっていく。
本当に全てが大きい。まるで不思議の国に迷い込んでしまったみたい。


水差しの横に建つドールハウスを見上げる。
今の私から見れば本物の家と同じ大きさだけど
その印象は中を見た時と一緒でやっぱり巨大なドールハウスにしか見えない。
壁が大きく開いて部屋の中が丸見えという構造のせいもあるけど
各部の作りが本物の家と全然違うし、その家としてのカタチも何処となく違和感がある。
開いた壁の反対側、家の外壁がついてる側に回ったり
全体が視界に入るくらいまで離れてみてもその印象は変わらない。

先山さんが話していたデフォルメの大切さはもちろんドールハウスの外観にも当てはまる。
私が感じた違和感の原因もたぶんこのディフォルメのせい。

このドールハウスのスケールは1/32と普通のドールハウスと比べて小さいので
眺める時も必然的に上から見降ろすことが多くなる。
だから見降ろした時の見栄えを考えて屋根の張り出しが抑えられていたり
一階と二階のバランスが本物の家とは異なっていたりする。
今小さくなった私から見て違和感を感じるということは
逆に考えるとデフォルメが成功してる、ともいえるのかな?
部屋の中も凄く興味深かったけど
こうやって外から眺めるのも貴重な経験だよね。




カランカラン…

響くドアベルの音。

「ケイ?」

入り口のガラス戸を見ると、
小学校低学年くらいの女の子がドアを押し開けてお店の中に入ってくる。
その後に女性と赤ちゃんを抱いた男性が入って来たから家族連れのお客さんみたい…だけど…

「大変っ!!」

ケイが戻ってくる前にお客さんが来ちゃうなんて…
元の大きさに戻らなきゃ…でも方法がわからないよ〜!!
もしかしてケイがいないと無理だったり?

お客さんの方を見ると女の子が長めの黒髪を揺らしながら
好奇心いっぱいという感じでお店の中を見まわしている。
体は先ほどの中学生たちと比べて小さいけどその動きは大きく激しくて
距離があるのに既にテーブルは細かく揺れ始めている。

そういえば、私のドールハウス、お店に来た子供たちがよく中を覗いたりしている。
子供の身長とテーブルの高さが丁度いいみたいで
普段はそれを微笑ましく見てるんだけど、
嫌な予感…

落ち着きなくお店の中を見まわしていた女の子の動きが止まる。こちらの方を向いて。
面白そうなものを見つけた!という表情でその視線はドールハウスへ向いている。
距離が離れているせいもあって私には気づいてないみたいだけど…

ズン… ズン…

女の子がこちらに向かって動き出す。
振動と足音を立てながら向かってくる様子はまるで巨大怪獣みたい…って見てる場合じゃないよ…
近くに来たら私、見つかっちゃう…!
テーブルの上にはドールハウスの他に身を隠せるようなものはない。
ドールハウスの中に戻らなきゃ…
テーブルの上を歩き回ったせいで今いる場所はドールハウスから少し離れている。
私はドールハウスへ向かって駆けだした。

ズシンっ… ズシンっズシンっ…

伝わってくる振動で女の子が近づいてくるのがわかる。
「はぁっはぁっ…」
周囲が走っていられないほど大きく揺れ始めた頃、ドールハウスに到着。
壁のない面から一階のダイニングに駆け込んだ…んだけど、思わず足が止まる。

背中に感じる強烈な視線。
振り返る前に巨大なふたつの眼に捉えられたのがわかった。
固まった姿勢のまま首だけ動かし後ろを見ると案の定目を見開き、
ぽっかり口を開けこちらを見下ろす巨大な女の子がいた。

ど…どうしよう…!?

動いてるの見られちゃった…よね?
今も見られてるわけで…
どうすることも出来ず、強烈な視線にも耐えられなくなって私は思わずその場から逃げ出した。


「あっ!」

響く女の子の声。
逃げるといっても外から中の様子が見えるように作られたドールハウスの中に
逃げ場所なんてなくて、ドアの陰に体を隠すのが精一杯。
ぐらりとドールハウスが揺れたかと思うと女の子はドールハウスに顔を寄せてきた。

逃げたことが完全に逆効果。
まだ女の子の目の前で動かずに固まっていたほうが人形だと誤魔化せたかもしれない。
もう手遅れだけど。

ドアと壁の隙間から女の子の様子を窺うと
わっ…!ち…近い…!!
顔は本当にすぐ近くにあった。
先ほどのケイや中学生たちとは比べものにならないくらい、
もう顔をドールハウスに押し当てているような状態。
部屋の壁のない面は女の子の顔で埋め尽くされ
突き出た鼻先や口元は部屋の中にまで入り込んでいる。
その顔に光が遮られた暗い部屋の中


「すぅ〜はぁ〜…」


という女の子の呼吸の音が不気味に響き、
吹き込んでくるなま暖かい息は飴のような甘いにおいと唾液が混ざったような臭いがする。
その臭いと湿度を持った熱気がたちまち部屋の中に充満してしまいちょっと息苦しい。

女の子はその大きな瞳をぐりぐりと動かして私を探しているみたい。
本当にどうしよう…
もうこのドールハウスの中にいる限り逃げようもないし。
外に出るにしてもドールハウスの壁が開け放たれた側に女の子がいるから
部屋の壁のない面から外に出ることはできない。
それにもし外に出られたとしてもテーブルの上じゃそれこそ身を隠すものがなにもないよね。
今はただでさえ小さなこの身体を更に小さくしてこのドアの陰に隠れているしかなさそう。
ケイ、早く帰ってきてよ…


「すう〜 は……」


あれ?それまで断続的に繰り返されていた呼吸が途切れた。


「は…っ…すはっ…」


様子が変…?これってまさか…


「すぅっ…はぁっはぁっはぁ――――」


やばい…かも…
咄嗟にドアにしがみついた次の瞬間、


「―――――っくしょんっ!!」


「きゃあぁぁぁ〜っ」
部屋の中でバラバラといろんな物が吹き飛んでいくのが見える。
ていうか私の身体も浮いてるんですけど〜!!
必死でドアに掴まって耐えきったと思った瞬間


「すぅっ」

と急激に息を吸い込む音…嘘でしょ!?


「はっくしょんっ!!」


「もう駄目ぇ〜助けてぇ――きゃっ」




ドアにしがみついたままの姿勢で呆然…
轟音と同時に押し寄せたくしゃみの強烈な風圧と唾液の飛沫は
一方向じゃなくて渦のように部屋の中を吹き荒れた。

力が抜けてその場ぺたりと座り込む。
くしゃみってこんなに凄い威力だったの…?
素敵なダイニングが大変なことになっちゃった…
まだ息の熱で熱い部屋の中、椅子は倒れ、
ダイニングテーブルは元あった場所から大きく動き、
上に敷いてあったテーブルクロスやその上に並んでいた食器や小物などが部屋中に散乱。
至る所に飛んできた唾がべっとりとついていて
未だに細かい唾液の飛沫が空中を舞い、なんともいえない臭いが部屋全体に漂っていた。
こんなの、とてもじゃないけど片づけられないよ…

あ、そっか、元に戻れば片づけも簡単だよね。
よかった…



「きゃっ!?」
ほっとしたのもつかの間、ドールハウス全体が大きく揺れる。今度は何…!?
女の子の方を見ると…

「ええっ!?」
散乱している家具のテーブルや椅子を更に押し倒しながら部屋の中に手が入ってくる。
本当は私の手より小さな可愛い手なのかもしれないけど
今は私の全身を簡単に包み込んでしまうほどの巨大。
手は部屋の中を探るように動いていてその動きで
ドールハウスはミシミシ音を立てながら激しく揺れている。
こ…恐いよ…
立っているのもやっとで私はまたドアにしがみついた。
このままじゃドールハウスが壊れちゃいそう…

お願い、壊さないで…
自分のドールハウスが壊されちゃうことよりも
お店の展示品を壊してこの子やこの子の両親が困るところを見たくないと思った。
お客さんにはお店では楽しく過ごしてほしいもの。
それにもしそんなことになっても今の私じゃなんの対応も出来ないし。


というか、それ以前にドールハウスが壊れたら私もあぶない…よね?

「きゃっ」
身体のすぐ近くを女の子の指先がかすめる。
そ…それよりもなによりも、私捕まっちゃったらどうなっちゃうの?
お人形扱い…?
無理…
私、リ○ちゃん人形よりずっと小さいし、
くしゃみで身体が浮くほどだもの、あんな大きな手に捕まったらただじゃ済まないよ。
ケイ…

「…早く戻ってきてぇ〜…ケイ…」





「もう戻ってきてるんだけどな」

「え?」
声の聞こえた方を見るとドアの向こうのキッチンにケイが居た…んだけど
「け…ケイ?」
私の数倍の大きさはあって体を横にして
窮屈そうな姿勢でなんとか部屋の中に収まっているという感じ。

「やっぱりこの家狭過ぎなんだよ…」

そっか、ケイはこれが普段の大きさなんだ。私がケイより小さくなっただけで。


「あのケータイだっけ?ちゃんと届けたから安心しろよ」
それは安心だけど…今の状況は全然安心できないんですけど…

「それじゃ、捕まる前に脱出するとするか」
「でも…どうやって?」
「菜乃は瞬間移動できないからな、裏口まで走れ」

裏口というのはこのドールハウスの玄関とは反対側にとある理由により設置されているドア。
確かにこのドアで外に出れば女の子の反対側に出られるけど…

「じゃ、そういうことだ。外で待ってる。捕まるなよー」

「えっ!?ちょっと待っ」
ケイの姿がぱっと消える。
「もっもうっ!!ケイったら」
言われるままに玄関に向けてドアの陰から出て走り出す。


「あ〜っ!!」


私の姿を見つけ声をあげる女の子。
ケイはあんなに大きかったのになんで見つからなかったんだろう?
それより早くっ!!
ダイニングを抜け、玄関ホールへ。
でも女の子も私が裏口のほうに向かったのを察知したみたい。
ズンズンと動く振動がドールハウスを揺らす。
先回りされたらどうしよう?
ドールハウスの外で鉢合わせになってしまったら、もう逃げ場はないよ…
でも今はケイを信じるしかない。


走った勢いのまま裏口のドアを開けて外に飛び出ると
「ケイっ」
「待ちくたびれたぞ、よっと…」
外で待っていたケイに抱き上げられた次の瞬間、

「きゃぁぁぁぁぁぁ――――っ」

地面…
じゃなくてテーブルとドールハウスが一気に離れていく。
眼下に巨大な女の子の姿が見えた。見えたのは頭のてっぺん。
ちょうどドールハウスの裏側に回ったところみたいだけど…

「と…飛んでるのっ!?」

抱かれたままケイの顔を見上げるとニカっと笑みを浮かべ

「飛んでる…というか、跳んでる…かな?」

「え?」
上昇していたケイの体が降下し始める。

「えっ?えっ!?えぇ〜!!??」
落ちていく先に見えるのは巨大な1/12スケールのドールハウス。
このままじゃ屋根の上に墜落しちゃうんですけど〜!!

「大丈夫だって」

落ちた…と思った瞬間、再び空中に舞い上がっていた。
ケイは飛んでいるんじゃなくて飛び跳ねているみたい。
その跳躍力は凄くて一度のジャンプでお店の天井近くまで達するほど。
そんなジャンプを繰り返しながらお店の中を移動していくケイ。
上がったり下がったり動きが速いしもちろん周りは全てが巨大だから
もう何がなんだかわからなくて、私はただ振り落とされないように
ケイにぎゅっと抱きついていることしかできなかった。




「よっと…ここまで来れば大丈夫だな」

広い場所に降りたったケイに顔を覗き込まれる。
「大丈夫か?」
「う…うん」
ずっと胸の前で抱かれたままで体が密着していてちょと恥ずかしいけど…

床に降ろしてもらいケイと並ぶと私はケイの膝の少し上くらいの身長しかなかった。
ケイが自分よりずっと大きいのはわかっていたけど、
ドールハウスからの脱出劇のせいで落ち着いて見る暇がなかったので、
こうやって改めて見ると二人のスケールの違いに驚いちゃう。

「どうした?」
「ケイって大きいなって思って」
「菜乃が小さいんだって」
確かに。普段見ているケイの大きさを考えると今の私は本当に小さい。
くしゃみに吹き飛ばされそうになっちゃうわけだよね…


辺りの景色をよくよく見回してみるとここがお店の奥の工房だとわかった。
今立っているのも床じゃなくて作業机の上。周りには巨大な工具や塗料の瓶が立ち並ぶ。

「ケイ… え?」
すぐ側に居たはずのケイの姿がない。
普段から消えたり現れたりしているから突然消えても不思議じゃないんだけど…


「えっ?きゃっ!!」

私は驚いてその場で尻餅をついた。
目の前にケイの大きな顔があったから。人間サイズになったケイは作業台の上に顎をのせる。
「突然大きくならないでよ〜」
「菜乃さっきから驚きすぎ。少しは慣れろよな」
慣れられるわけないよこんなの…



「それよりもお客さんをほっとけないんじゃないの?」
そうだった。今お客さんがお店の中にいるんだった。
「う…うん、お願いケイ」

「菜乃も、だろ?」

え?私も…?
ケイは私のすぐ前に手のひらを上に向けて置いた。

「菜乃あの女の子にばっちり姿を見られちゃったからな…
 このままじゃ女の子が納得しないから、もう一仕事しないとな」

一仕事…?
今の私にできる一仕事って中学生たちの前でしたようにしろってこと…?

「無理だよ!もう女の子に姿見られちゃったから映像だって誤魔化せないもん」
またあの女の子の前に姿を見せたら今度こそ捕まっちゃうかもしれないよ…

私の不安な表情に対してケイはいつものニカっとした笑みを見せる。

「大丈夫だって。俺が何も起きないようにするから安心しろよな!」




「いらっしゃいませー」
そう口に出しながらケイは工房の部屋を出てお店の中を歩いている。

私は今そのケイの手のひらの上にいて
自分の身長より高い指にぎゅっと身を寄せて隠れると同時に揺れに耐えている。
とても大きなものが動いていてそれに揺られている普段では絶対体験できないような感覚…
でも思っていたよりは揺れは激しくない。これも、ケイだからなのかも。


ドールハウスの置かれた丸テーブルのすぐ側まで来たケイ。
手が動きドールハウスの裏口のすぐ前に降ろされる。
私からは周りの様子はわからないけどケイが見ていてくれているみたいだから…

「…っと」
手のひらからテーブルの上にひょんと飛び降りる。
ドールハウスの裏口のドアはつい先ほど飛び出した時のまま開いていた。

この裏口、実は元になったドールハウスには無くて私が壁をくり抜いて作ったもの。
このドールハウスにはトイレとバスルームが無いのでそれらを付け足す為の増築用のドアなの。
だから本当は裏口じゃないんだけど、まさかあんな風に使うことになるなんてね。


おっと…見つからないうちに入らなきゃ。
裏口から中に入ると
「うっ…」
ぷ〜んとあのなんともいえない唾液の臭いがドールハウスの中に充満していた。
飛び散った唾が乾き始めているせいか臭い、先ほどよりもきつくなってるかも…
当たり前だけど中は散らかり放題のまま。
女の子のくしゃみが放たれたダイニングはもちろん部屋の中に手をいれた時、
ドールハウス全体が激しく揺さぶられたせいで他の部屋も家具が倒れたり、
小物が散乱したりしている。

こんな状態で…どうしよう…?
先ほどの中学生たちの前では咄嗟だったけど
この家に住んでいるお嬢様というような感じで演じることができたけど、今回は…
こんなに散らかった家で優雅なお嬢様、というのも無理があるよ…



ズン…ズン…ズン…


人が近づいてくる地響きのような音と振動。
部屋の壁の無い面から女の子の姿が見えたので思わずドアの陰に隠れた。


ケイが喋っているのが聞こえる。会話しているのは女の子のお母さんかな?
相変わらずケイ以外の人の声は低音でくぐもったように聞こえるので
何を言ってるのかちょっと聞き取りづらい。

「すみません、この子ドールハウスを触っちゃったみたいで」

「いいんですよ、ドールハウスは元々子供が遊ぶものですからね」
私からは見えないけど微笑むケイの顔が思い浮かぶ。
お客さんに対してなかなかいい対応していて安心安心。


「このドールハウスの中に何か居たのかな?」
「うん、こびと…みたい」
ケイは女の子と会話を始めたみたい。

「それはきっと妖精さんかな。このお店には妖精さんが住んでるからね」
そう言っている本人が本当の妖精さんなんだけどね…

「呼んでみようか」
「呼べるの?」
「うん呼べるよ。ただ妖精さんが驚いちゃうから部屋の中に手は入れないでね」


ひょっとしてそろそろ私の出番?
まだどう動こうか全然決めてないないんだけど…

ふと近くに床に落ちている箒が目に入る。
毛先の部分が大きく少々不格好。もちろん私が作ったものなんだけど…
「あ…!」
ぱっと頭の中で閃く。
これ、使えるかも!
私はその箒を掴んで近くに引き寄せた。




「じゃ、いくよ」

ケイの声が聞こえたあとタブレットから流れ始めるメロディー。
ドールハウスの中に照明が灯り始め私が隠れているドアに接するダイニングにも
照明がぱっと点灯した。

ふぅっと息を吐いた後、私はドアの陰から出た。
それと同時に全身に感じる強烈な視線。
この部屋の壁の無い面は一気に迫ってきた女の子の顔で埋まる。
先ほどと同じく鼻の頭が部屋の中に入るほどの近さ。
でも今はただの壁だと思ってその存在は意識しないようにする。
そうしないと私が緊張しちゃうから。


メロディーに合わせたステップでダイニングの真ん中へ。
周囲を見回したあと腰に手を当て首を傾げてみせる。
そこから思い立ったようにコクっと頷いて近くに立てかけておいた箒を手に取る。
くるりとその場で一回転のステップを入れてお嬢様からメイドさんに変身。
服はそのままだけどね。

さて、お掃除開始ですっ!
メロディーに合わせたステップで部屋の中を動きながら、
床に散らかった食器などの小物をテーブルの上に戻したり、箒で床を掃いてみせたり。

まだメロディーは終わらないから今度はダイニングから出て玄関ホールからリビングへ。
私が動けば女の子の顔も追ってくるので常に目の前には大きな顔があって、
ぽっかり開いた口から吹き込んだり吸い込んだりの息の流れに
髪の毛はなびきスカートがはためく。

ちらりと女の子の目を見ると私に向けられたその大きな瞳はキラキラと輝いてるように見えた。
そういえば自分で作ったこのドールハウスをお店に来たお客さんたちが
楽しそうにのぞき込むのを見て凄く嬉しかったっけ。
今の私はそのドールハウスの中にいて
ドールハウスと一緒になってお客さんを楽しませることができるってこと。
これはとても素敵なステージかもしれない。

私はこちらを見つめる女の子の大きな瞳と目を合わせた。
その瞳の中にメロディーに合わせ楽しそうにステップを踏む小さな小さな私の姿が映る。
もう女の子の存在を意識しないようにする必要もないかな。
私が微笑みかけると目の前でぽっかりと大きく開いた口が縦から横に広がった。
女の子も私とこのドールハウスを見て楽しそうに微笑んでいるみたい。





目の前にはテーブルの上にのった小さなドールハウス。周囲を見回すと見慣れたお店の中。

お客さんがお店を出たあと、ケイに方法を聞いて私は元の大きさに戻った。
元に戻る方法は実に簡単でドールハウスの中でケイにもらった鍵をかざすと
目の前にあの半透明な扉が現れ、
そこに鍵を差し込めば、一瞬のうちにテーブルの前に立っていた。


すぐ横に人間サイズのまま立っているケイと目が合う。
いつものようにニカっと笑い一言。

「小さいのは大変だろ?俺だって普段苦労してるんだぜ」

「うん…」
普段のケイより私のほうがずっと小さかったけどね。
元に戻って改めてドールハウスを見てみると自分が本当にとても小さくなっていたんだって思う。

「もう懲り懲りか?」
それはないよ。むしろ

「ううん、凄く楽しくて素敵な体験だったよ」

ハマっちゃいそうなくらいだもの。
私は首にさがる鍵に手をあててケイの方を向き直した。


「ありがとう、ケイ」

こんな素敵な体験ができたんだからケイには感謝しなきゃと思った。
ピンチの時、助けてもらったしね。

「ふ〜ん…」

「え?」
突然ぐいっと一歩前に出て私の顔をのぞき込むケイ。


「じゃ、せっかく同じ大きさなんだからお礼にキスくらいしてくれてもいいじゃん」

まったく…突然何を言い出すのやら。
ケイは本気のようで目を細め微笑みながら

「ほら」

と催促。
なんかこの余裕な感じが気に食わないんですけど。
でも…ま、いっか…

そのまま軽くケイの唇にキス…
したんだけど口づけをした瞬間、唇から感触が消える。
何が起きたのかと閉じた目を開けると
へ…?
顔の前、本当にすぐ目の前にケイが居た。小さくなって。
私の目の前ということはケイの体は空中に浮いているので
たちまちバランスを崩し落下しはじめる。
「うわっ」
慌てて両手を出し受け止めた。


手の上で尻もちをついた姿勢のケイ。
「大丈夫…?」
その顔を覗きこむと、眼をパチクリさせていたもののすぐにニカっとした笑みを見せ

「俺の場合は時間がたつと勝手に元の大きさに戻るんだよ。便利だろ?」
何が便利なの…


小さくなっちゃった…というか元の大きさに戻っちゃったし

「それじゃ、ちゃんとしたキスはまた今度ね」
私がそう言うとケイは驚いたようにぴょんと跳び上がり手のひらの上に立つ。

「え〜!? 今してくれよ〜俺はデカイ菜乃でも全然いいぞ」

もう…何を言っているの…
「私、デカくないし。ケイが小さいんでしょ。 今は嫌。絶対に」
小さくなって女の子たちの顔をアップで見た今だから
自分の顔がケイからどう見えるか想像できる。
ただ近くで見られるだけならまだしもキスなんてありえないんですけど…


「大丈夫大丈夫、菜乃は小さくてもデカくても可愛いって。だからさ〜」
「だからデカくないっ!そんなにキスしてほしければまた大きくなれば?」
「一度なったら暫くはなれないんだよ…充電が必要なのさ」
なんだかスマホみたい…


カランカラン

お店の中にドアベルが響く。
いらっしゃいませと入って来たお客さんに声をかけたあと、
手のひらを見るとケイの姿は無かった。





あの後、お店にお客さんが入り始め店内には常に人が居る状態に。
その接客対応やお買い上げ商品のラッピング、
商品の問い合わせの電話、その内容の確認の為に先山さんに電話したりと
何時にない忙しさで、お昼ごはんを食べる間もないまま気付けば夕方になっていた。


「ありがとうございましたー」

お客さんを送り出しひとりになった店内でほっと一息つく。
夕方になって表の人通りも落ち着いてきたみたい。

そんな状態だったのであの後、ケイが姿を現すことはなかった。
夕方になって表の人通りも落ち着いて
お客さんも暫く途切れそうなので、そろそろひょっこりと現れそうだけど。
それとも何処かで充電中…?

慌ただしい時間を過ごしたせいで
小さくなってドールハウスに入ったのが随分前の事のように感じてしまう。
首にかけたままのケイにもらった鍵を顔の前に摘みあげ、見つめた。
この鍵があればいつでも小さくなって自分のドールハウスに入れる。
信じられない事だけど本当。実際に体験したんだから。

自分の部屋にあのドールハウスを置いたなら、ドールハウスの中で生活できちゃう?
でも小さくなった所を家族に見つかったら大変だよね。
それよりもまたお客さんの前でまた動くディスプレーをしてみたいかも。
今度はちゃんと衣装も着てね。
暫くあのドールハウスはこのお店に飾っておこうかな。




「なんか、大忙しだったな〜」
声のした方を見るとお店に飾られた1/12のドールハウスの中にケイは居た。
近づいてみるとベッドでだらしない姿勢でくつろいでいる様子。

「ん…?」
ケイが居るドールハウスの一部分に眼が止まる。
「ねえケイ、このドールハウスにもドアが見えるんだけど…」
そう、一階部分に半透明のドアが見えた。

「なっ!?」

ケイは驚いた様子でベッドから跳び起きる。
そして私が手に持っている鍵を見た後

「やべ、それマスターキーじゃん!!」

そう声をあげた。
マスター…キー…?
「菜乃、それ一度返してくれ…」

「え…どうして?マスターキーってどういうこと?
 もしかしてこの鍵があればどんなドールハウスにでも入れるってこと?」

「いや…い…」
珍しく口ごもるケイ。明らかに焦ってる。
それはつまりマスターキーの意味、私の解釈であってるみたい。
何その素敵過ぎるアイテム!!

「ふふっ駄目だよケイ、私もうキスだってしちゃったもの。コレは返せないよ?」
「ちゃんとしたキスはまた今度って自分でも言ってただろ、あんなのキスじゃない」
「じゃあ、今キスをしてあげたら、このマスターキーくれるの?」

私はドールハウスの床の端に立つケイに顔を寄せた。
「ほら」
そう口に出し、チュッと小さく唇を鳴らす。

黙りこむケイ。
ちょっと意地悪だったかな…?

「いいよ、返すよ。ケイの大事なモノなんでしょ?」
首にかかった革ひもを外し、鍵と束ねてケイの前に差し出した。


それを見て「はぁ…」と大きく息を吐くケイ。
そしていつもの笑みを見せて


「菜乃なら、悪い事には使わないだろうから…
       いい。やっぱりそれは菜乃が持ってろよ」


その言葉の後にケイが何かを続けて言おうとしたけど
それを待たずに、私はそっと小さなケイの顔に唇を寄せた。




おわり


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